貞能公御廟

定 義 如 来  西 方 寺

平家落人の里・庶民信仰の祈祷寺院

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④平貞能公御廟

貞能公遺命の御堂

御廟建立前の御堂

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御廟以前の御堂は、間口三間、奥行き五間、茅葺き屋根の質素な御堂でした。
それでも、霊験あらたかな定義如来の御利益を頂きにたくさんの参拝者が歩いてお参りされました。







気仙大工渾身の伽藍

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御堂老朽において「立て替えはならない」との古来の言い伝えにより御堂の材料を各部分に使用し、覆堂形式・六角堂の御廟を十八世住職大江田慶源上人が、気仙大工花輪喜久蔵(設計施工)、花輪伝吉(棟梁)、花輪伝五郎(脇棟梁)、石井寅正(彫師)に依頼し建立を発願。昭和2年十九世住職大江田博りん上人によって建立されました。
御廟には、山門と同様、御廟入り口の唐獅子、堂内の風神・雷神など緻密な彫刻が施されています。

御廟と家臣の墓標

DSCF0114.JPG平貞能公墓上に位置する仏壇DSCF0119.JPG御廟周りの家臣の墓標印
平貞能公の遺命により、家臣はお墓の上に御堂を建て、御本尊の阿弥陀如来像をお祀りしていました。
御廟建立後も、堂内の墓上部分を赤い柵で囲み位牌が安置されています。
御廟の周りには、老木や古木の切り株がありますが、源氏の追っ手から逃れるために墓石を建てることが出来なかった貞能公の家臣の墓標と伝えられています。


御廟の彫刻・・・・・・・

DSCF0098.JPG風神DSCF0096.JPG雷神
御廟にも、山門同様に石井寅正による彫刻が施されています。
写真は御廟内の雷神風神の彫刻です






気仙大工記述は、花輪喜久蔵事績録刊行委員会出版「気仙・匠・年輪」参照
りん上人のりんは王遍に米の下に舛の字