定 義 如 来  西 方 寺

平家落人の里・庶民信仰の祈祷寺院

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こうぎ住職の随筆のページです。よろしければお読みください

こうぎ住職のほっこり話4月

あきらめる心

 4月に入り境内にはミズバショウや福寿草が今年も顔を出してくれました。
 先月は野球日本代表のWBCや、サッカーのW杯予選、はたまた大相撲では新横綱の稀勢の里が見事な逆転優勝を飾ったりと、スポーツ好きな私はたくさんの感動をもらった半月でした。
 よくスポーツや日頃の生活においても『最後まであきらめるな。』というアドバイスを受けることがあります。先生やコーチに言われたことがある方も多いのではと思います。稀勢の里関も最後の最後まで諦めない強い思いが逆転勝利につながった、見えない力が働いたとインタビューで語っておりました。諦めない心、大事ですね。
 さて、 『あきらめる』にはもう一つ書き方がありまして、『明らめる』と書くそうです。辞書を引いてみますとこちらの『明らめる』は
『物事の事情・理由をあきらかにする。 心をあかるくする。心を晴らす。』とあります。
 もし自分がどうしようもない状況に陥った時、現実をもう一度、明らかに見つめてみる。それがもう一つの『明らめる』です。心を白紙にして、しみじみと現実を見つめてみると、心が平生となり、それまでは気がつかなかったものが見えてくるのかもしれません。決してマイナスな意味ではなく日々の生活の中で明らめること大事ですね。
 仏様に手を合わせること、これも自分を見つめ直すという意味では、明らめる行為と言えるでしょう。それ以上に仏様は常に私たちを見守ってくださっております。どうぞ諦めない心と明らめる心、どちらも大切にいきましょう。
なむあみだぶつ
西方寺 住職

2017.4.2  7号



こうぎ住職のほっこり話3月

根元の恩!

 3月になりました。雪の下から新しい芽が出てくる時、幼稚園や学校では卒業の季節ですね。こんなお詠があります。
 さいた花見て喜ぶならば さかせた根元の恩を知れ
 花というのは綺麗ですよね。花びんに生けてあっても、道端に咲いていてもそれをじっくり見てみますと、人の心を和ませてくれる、花にはそんな力があると感じます。
 さて、このお詠、綺麗に咲いた花の影には、土や日光、葉や養分、はたまた水をあげる人のお世話など、いろいろな力添えが加わって咲いている、そのたくさんの根元の恩を心に留めなさいよと私は解釈しております。
 これを私たち、特に『卒業を迎える人』ということに当てはめてみますと、もちろん自分自身の努力もさることながら、たくさんの助けや力添えによって『卒業』という日を迎えることができるのだと思うのです。
 先日、子供が通う幼稚園バスの運転手さんがお寺の前で声をかけてくれました。今年度で定年退職されるそうで、感慨深そうにバスを降り、お寺の前に佇んでいらっしゃいました。その時、あ~、ここにも長年子供達がお世話になった方がいらっしゃったのだな~ということをしみじみ感じさせていただきました。 根元の恩、目には見えないけれどもたくさんの方に支えられながら生かされている私たちです。この卒業の季節、そういった方々に感謝の思いを持って、また守ってくださるほとけさまに手を合わせ、生活させていただきましょう。
なむあみだぶつ

西方寺
住職       

6号2017.3.2

こうぎ住職のほっこり話2月

再スタート!

 
 毎年ちょうど1月末から2月の上旬あたりに旧暦の元旦がやってきます。今年は1月28日がその日にあたります。中国や韓国などのアジアの国々では『春節』などどいって盛大にお祝いをするようです。
  さて、この旧暦の大晦日に、定義の寺では古くから行われてきた行事『そば打ち』があります。これは地元の人たちがお寺に集まり、そばを打って定義如来にお供えし、最後は除夜の鐘をついて新しい年を迎えるというものです。800年前、平家の落人方にとっては、そばはごちそう。それをそばがゆにして如来様にお供えして新年を迎えたと伝わっております。
 私は毎年このそばをいただく時に、『二度、おいしいな』と思います。ひとつはおそばがおいしい(笑)、もうひとつは、今年はすでに始まっていますが、また新たに再スタートを切れる、やり直せると思えるところが得をしたようで『おいしい』ということです。
  年初め、うまくスタートを切れなかった、目標が定まっていなかった、そんな時はこれを再スタートのチャンスとすることができます。
 除夜の鐘は一年間にたまった煩悩の垢を落とすという意味合いがございます。どうぞ、この旧暦正月に今一度身もこころも清らかに、仏前にて手を合わせ、スタートしていただければ有難い。よい一年となりますよう。なむあみだぶつ

合掌
西方寺
住職

5号2017.1.28(旧暦元旦)
 

  
  
  

初心を大切に

初心を大切に
 新年あけましておめでとうございます。
 さて、これを読まれている方は今年の目標や、あるいは新年をこんな年にしたいということなどありますでしょうか?
 私も新年を迎えるにあたり、できたかどうかは別にして、今年はこれをやるぞ!などと、毎年いろいろな目標やイメージを持ってスタートする様にしています。
 さて、先日、うちのお寺で勉強していた男の子が、本山にて無事に最後の修行を終え、晴れて和尚さんになって帰って参りました。彼はこれまでの日々や、無事に修行を終えることができたことを、とてもありがたく思っている様子で、その表情もあかるく、目はきらきらと希望に満ち溢れておりました。
 そんな姿を見て、自分も今から二十数年前に彼と同じく修行を終えた時の感動を思い出しました。よく『初心を大切に』、『初心忘れるべからず』などといいますが、まさにその初心を思い出させてもらったでき事でした。初心を忘れないためにはそこにあった『感動』を大切にすることが肝心だと思わせていただきました。
 一年の始まり、それぞれの志や心動かされた事などを今一度思い出し、スタートさせていただきましょう。
 またその思いを如来様やご先祖様に手を合わせ、おまもりいただきながら取り組めたら、尚ありがたいことです。どうか皆様にとってよき一年になります様、ご祈念申し上げます。なむあみだぶつ
合掌
西方寺
住職

4号2017.1.1
 

  
  

時間におくれない

 今年も残すところあと少しとなりました。12月は『和尚も走る』と書いて師走(しわす)と言ったりします。それぞれにお正月の準備や、今年中にやらなければならないお仕事などで、いつもよりも忙しくなる季節ですね。
 さて、先日あるテレビ番組を見ていた時に、ある市長さんがこんなことを言っておりました。
『社会人として一番大切なことはあいさつをすること、約束の時間におくれないこと。それができないと人の信頼は得られない。云々。』
 当たり前のことですが、確かにそうだと感じました。この二つ、小さい頃から学校でも教えてもらってきましたが、果たしてできているのかと今の自分に問いかけますと、反省させられるところが多々ございます。特に二つ目、約束の時間におくれることは、知らぬまに待っている人の時間を奪うことになります。『時間泥棒︎』になってしまっては当然相手の信頼は得られない、この市長さんの言う通りでしょう。
 仏教の教えのでも『相手を慈しむ心』を大切にすることを教えていただいております。もちろん我々は完全ではありません。だからこそ手を合わせて仏様に依りながら、生活していくことが大切です。
 年の暮れ、もう一度自分をかえりみて、まわりの人にあいさつできてるかな、いつのまにか人を待たせてないかなと振り返ってみる、さらには、まわりの人に感謝の念を持って過ごせたら有難いことですね。よい年末をお過ごしください。なむあみだぶつ。
合掌
西方寺
住職

3号2016.11.23
 

  

『今、ここ』

 秋が深まって参りました。定義の山々も緑から赤や黄に変わってきました。色づく山々を見ると私はいつも収穫の季節、
実りの季節だな〜という思いがいたします。
さて、『 現代人は忙しい。』とはよく言われること。そうだなと思う方も多いと思います。忙しいという字は心を亡くすと書きますが、今その目の前のことに心が行かず、いつの間にか先のことを心配たりと私もよくよくございます。まさに心ここに在らずの状態。
 そんな時に思い出す言葉があります。それは『マインドフルネス』日本語で表現するところの『今、ここ』です。ベトナムのお尚さんが世に紹介している考え方で、目の前の呼吸、今、ここに心を向けるのだそうです。忙しくてたまらない時にそっと目を閉じて、今、ここに心を向ける。ありのままの自分を見つめて、呼吸に集中してみる。すると私の場合、自分が今日ここにあるのもたくさんの人や物のおかげだなと思いがしてきて、自然と心が鎮まります。
 
 本堂で手をあわせる時もそのような穏やかな心持ちだと仏様に心が向きやすくなると思います。どうぞ、今、ここ、生き生かされているお互いを見つめ感じてみましょう。なむあみだぶつ。
合掌
西方寺 住職  
2016.10.27



  

ご縁を大切に

 ご縁というのは本当に不思議なものですよね。家族でも職場の同僚でもご近所さんでもそうですが、どういうわけか、今日もこうして顔を合わせて一緒に時間を過ごしている。これだけ多くの人が存在するこの地球上で、これだけ長い歴史の中で、どういうわけか同じ時代を生き、同じ場所にいるわけですから、よく考えてみますとよっぽどのご縁があるのだと思います。
 仏教では因果応報と言いまして、すべては原因があって結果が存在するという考え方があります。そういう視点でみていきますと、やはり今日顔を合わせ人はよっぽどのご縁があるのだと思います。それをありがたいな~、よかったな~ととるか、いやだな~ととるかは私(あなた)次第ですよね。前者にとれば気持ちもおだやかに、それがまたいい縁をつないでいくのだと思います。
  私の近所に『ありがとう』が口癖のおばあちゃんがおります。その方はいつ会っても、どこで会ってもありがたいありがたい、ありがとうありがとうと笑顔がすてきです。そのおばあちゃんに会うと、逆に私やまわりにいる人が、ありがたいな~という気持ちにさせられます。有り難がる心、『ありがとう』という言葉はよい縁をつないでいく言葉なのだと思います。
どうぞよい一日をお過ごし下さい。 なむあみだぶつ。

合掌
西方寺 住職
2016.9.24

 

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